★★★グッディーズ・オリジナル企画★★★

新 忠篤 氏協力
ダイレクト・トランスファー CD-R

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第11回以降発売分 78CDR-3379〜3388

2012年7月新譜 5点 発売中★DSD録音

LP復刻の33CDRシリーズが加わりました。従来の78CDR-部分が33CDR-に変わり、番号の部分は3000番台を通し番号で使用いたします。

33CDR-3384
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(1)
ソナタ第1番ト短調 BWV 1001
パルティータ第1番ロ短調 BWV 1002
ソナタ第2番イ短調 BWV 1003
ジョルジュ・エネスコ(ヴァイオリン)
米 CONTINENTAL CLP-104/5A
(1949年ニューヨーク録音)
ジョルジュ・エネスコ(1881-1955)はルーマニアに生まれ、4歳でヴァイオリンを、5歳で作曲を始めた。7歳でウィーン音楽大学に入学を許され、1893年12歳で音楽院の最高メダルを得た。1894年にパリ音楽院に入学、ヴァイオリンをマルシック(1848-1924)、和声学と作曲をアンドレ・ゲダルジュ(1856-1928)、ガブリエル・フォーレ(1845-1924)、ジュール・マスネ(1842-1914)に師事し、1899年にヴァイオリンで一等賞を得た。1902年にベルリンでデビュー、1903年にはロンドンを訪問した。1910年にはピアニストのエドゥアール・リスレル(1873-1929)とベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの全曲演奏会を開いた。1917年には祖国ルーマニアの首都ブカレストにエネスコの名を冠したオーケストラを作った。(以下33CDR-3385)

33CDR-3385
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ(2)
パルティータ第2番ニ短調 BWV 1004
ソナタ第3番ハ長調 BWV 1005
パルティータ第3番ホ長調 BWV 1006
ジョルジュ・エネスコ(ヴァイオリン)
米 CONTINENTAL CLP-105B/6
(1949年ニューヨーク録音)
エネスコは1923年に初のアメリカ楽旅をしその後生涯14回この地を訪れた。エネスコのレコード録音は1924年アメリカ・コロンビアの機械式録音(78CDR-3066)に始まる。1929年のアメリカ・コロンビアへの6枚の電気録音はレコード史上に輝く最高傑作とされている(78CDR-3018、78CDR-3035、78CDR-3088)。このJ.S バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全6曲はJ.S.バッハの没後200年にあたる1950年にアメリカのマイナーレーベルCONTINETALから発売された。豪華な3枚組アルバム入りのセットは、エネスコ最晩年の心血を注いだ演奏で、演奏家や心あるレコード愛好家が絶賛したが数年でカタログから消えてしまい、クラシックLP最高のコレクター・アイテムになった。これまでの復刻とは一線を画し、オリジナル盤に秘められたエネスコの芸術の全貌が真の姿で蘇ったと確信する。

78CDR-3386
モーツァルト:
ホルン、ヴァイオリン、 2つのヴィオラとチェロのための
五重奏曲変ホ長調 K.407(386c)
デニス・ブレイン(ホルン)
シドニー・グリラー(ヴァイオリン)
フリップ・バートン(ヴィオラ)
マックス・ギルバート(ヴィオラ)
コリン・ハンプトン(チェロ)
英 DECCA K.1138/9
(1945年3月9日ロンドン NW6、デッカ・スタジオ録音)
夭折の天才ホルン奏者デニス・ブレイン(1921-1957)とグリラー弦楽四重奏団のメンバーにヴィオラのマックス・ギルバートが加わった五重奏。デニス・ブレインは父親のオーブリー・ブレイン(1893-1955)の指導を受けた。初レコード録音は1943年、モーツァルト: ホルン協奏曲第4番 K.495(78CDR-3291)で22歳だった。デニスは1957年9月1日、エディンバラからロンドンに戻る途中、自身の運転するスポーツカー(トライアンフTR2)の事故で命を落とした。グリラー弦楽四重奏段は1931年の結成されたイギリスの有数の四重奏団。SPレコード時代から主にデッカに多くの録音を残した。デッカのデニス・ブレインは1944年録音のチャイコフスキー:交響曲第5番第2楽章のホルンソロがシドニー・ビーア指揮ナショナル交響楽団(78CDR-3158)で聴ける。

33CDR-3387
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番ハ長調 K.467
(カデンツンァ: シュナーベル)
アルトゥール・シュナーベル(ピアノ)
サー・マルコム・サージェント指揮
ロンドン交響楽団
(1937年1月12日ロンドン、アビー・ロード第1スタジオ録音)
アルトゥール・シュナーベル(1882-1951)はポーランドのリプニク(旧オーストリア領)に生まれた。1889年7歳でウィーン音楽院に入り、1891年から1897年に名教授テオドール・レシェティツキ(1830-1915)に師事した。1901年にベルリンにデビュー、1933年までこの地を本拠にした。その間演奏活動の傍らベルリン高等音楽院で教え、弟子にクリフォード・カーゾン(1907-1982)、ペーテル・フランクル(1935-)などがいる。またカール・フレッシュ(1873-1944)、パブロ・カザルス(1876-1973)、エマヌエル・フォイアマン(1902-1942)、パウル・ヒンデミット(1895-1963)、ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)との室内楽演奏はベルリンの呼び物だった。その後1932年から34年にロンドンに居を構え、1939年にアメリカに移住した。シュナーベルはSP時代HMVにベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全曲、ピアノ協奏曲全曲(2回)を録音した。他に室内楽の録音も多い。シュナーベルのモーツァルトはピアノ四重奏曲 K.478、協奏曲第19番 K.459、第27番 K.595、ピアノ・ソナタ第8番 K.310、第12番 K.332、第16番 K.570がある。

78CDR-3388
シューベルト:幻想曲ハ長調「さすらい人幻想曲」作品15、D.760
パウル・バウムガルトナー(ピアノ)
英 HIS MASTER'S VOICE C4879/81
(1949年2月3日ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ録音)
パウル・バウムガルトナー(1903-1976)はスイスのアルステッテン生まれ、ミュンヘンの高等音楽・演劇学校でヴァルター・ブラウンフェルス(1882-1954)に師事しピアノと作曲を学んだ。さらにケルン音楽アカデミーでエドゥアルト・エルドマン(1896-1958)に師事した後、そこでピアノを教えるようになった。ナチスの台頭でスイスに戻りバーゼルに居を構え、バーゼル音楽院の教授に任命された。バウムガルトナーは第1回カザルス音楽祭のピアニストとして活躍。弟子にアルフレッド・ブレンデル(1931-)、カール・エンゲル(1923-2006)や指揮者のギュンター・ヴァント(1912-2002)などがいる。1962年にセント・ガレン市の芸術栄誉賞を授与された。この録音はHMV録音だがスイスだけで発売された。
2012年6月新譜 5点 発売中★DSD録音

LP復刻の33CDRシリーズが加わりました。従来の78CDR-部分が33CDR-に変わり、番号の部分は3000番台を通し番号で使用いたします。

78CDR-3379
ドビュッシー:弦楽四重奏曲ト短調作品10
ハイドン:弦楽四重奏曲ニ長調作品64-5「ひばり」より第4楽章
パガニーニ弦楽四重奏団
アンリ・テミアンカ(第1ヴァイオリン)
ギュスタヴ・ロッセール(第2ヴァイオリン)
ロベール・クルト(ヴィオラ)
ロベール・マース(チェロ)
米 RCA VICTOR 12-0259/62(Set M-1213)
(1947年1月22-23日録音)
パガニーニ弦楽四重奏団は1946年、アンリ・テミアンカ(1906-1992)によって結成された。結成の前年テミアンカは元プロアルト弦楽四重奏団のチェリスト、ロベール・マースに会った。マースは新しい四重奏団のためのスポンサーになる人物がいることを話し、またニューヨークの楽器店で売り出されていたパガニーニ(1782-1840)が所有した4本のアントニオ・ストラディヴァリ(1644-1737)製の楽器を同じスポンサーが購入して貸与されることで四重奏団はスタートした。1946-47年のシーズンにオール・ベートーヴェンのプログラムをワシントンの国会図書館で演奏し大成功を収め、すぐにRCAヴィクター社が契約した。リーダーのテミアンカはスコットランドでポーランド・ユダヤ系の両親の元に生まれた。ヴァイオリンはロッテルダム、ベルリン、パリ、フィラデルフィアで学んだ。パリ音楽院では名教授ジュール・ブーシュリ(1877-1962)に師事し、フィラデルフィアのカーティス音楽院ではカール・フレッシュ(1873-1944)に師事した。1935年のヴィエニアフスキ・ヴァイオリン・コンクールでは3位に入賞した。この時の1位はジネット・ヌヴー(1919-1948)、2位はダヴィド・オイストラフ(1908-1974)だった。パガニーニ四重奏団が1966年に解散した後、スポンサーの意向で楽器は分散することなくワシントンのコーコラン・アート・ギャラリーに戻された。楽器は1992年にクリーヴランド四重奏団に貸与され、1994年から日本音楽財団の所有となり、東京クァルテットによって使用された。

78CDR-3380
モーツァルト:
ヴァイオリン・ソナタ第24番ハ長調 K.296
ヴァイオリン・ソナタ第35番ト長調 K.379(373a)
ヴァイオリン・ソナタ第41番変ホ長調 K.481
リリー・クラウス(ピアノ)
シモン・ゴールドベルク(ヴァイオリン)
英 PARLOPHONE SW8000/6
(1935年11月5-6 日(K.296)、1935年5月25日&11月6日(K.379)、1936年2月(K.481)
ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)とピアノのリリー・クラウス(1903-1986)によるモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ選集-1。ポーランド生まれのゴールドベルクは8歳の時ベルリンで名教師カール・フレッシュ(1873-1944)に師事し、12歳でワルシャワでデビューした。1916年16歳でドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターに任命され、1929年20歳の時フルトヴェングラー(1886-1954)の招きでベルリン・フィルハーモニーのコンサートマスターに就任した。1934年ドイツで政権を得たナチスによってベルリン・フィルのコンサート・マスターの地位を追われ、ニューヨークでデビュー後、1942年からアジア楽旅を行った時日本軍により1945年までジャワ島での抑留生活を強いられた。戦後アメリカ国籍を得て、演奏活動と後進の指導に活躍、1990年から没年まで新日本フィルハーモニーの指揮者に就任し、富山県の立山のホテルにて死去した。(リリー・クラウスは78CDR-3381参照)

78CDR-3381
モーツァルト:
ヴァイオリン・ソナタ第34番変ロ長調 K.378(317d)
ヴァイオリン・ソナタ第36番変ホ長調 K.380(374f)
ヴァイオリン・ソナタ第33番ヘ長調 K.377(374e)
リリー・クラウス(ピアノ)
シモン・ゴールドベルク(ヴァイオリン)
英 PARLOPHONE SW8007/12
(1937年4月20日(K.378)、1937年4月20-21日(K.380)、1937年4月15日(K.377)録音)
ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)とピアノのリリー・クラウス(1903-1986)によるモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ選集-2。ピアノのリリー・クラウスはハンガリー生まれ、ブダペスト音楽院でゾルタン・コダーイ(1882-1967)やベラ・バルトーク(1881-1945)に師事した。さらにウィーンでアルトゥール・シュナーベル(1882-1951)の指導をえた。1942年シモン・ゴールドベルクアジア楽旅の時、ジャワ島で日本軍に捕らえられ、家族共々1945年まで抑留生活を送った。戦後はイギリス国籍を取得し活発な演奏活動を行った。(シモン・ゴールドベルクについては3380を参照)

33CDR-3382
ドビュッシー:ピアノ名曲集
(1)アラベスク第1番ホ長調
(2)雨の庭
(3)沈める寺
(4)吟遊詩人
(5)アナカプリの丘
(6)ゴリウォッグのケークウォーク
(7)月の光
(8)喜びの島
ジャクリーヌ・エマール(ピアノ)
仏 LE CHANT DU MONDE LD-S-8169(Mono)
(1954年パリ録音)初期LP特有のノイズあり
ジャクリーヌ・エマール(1922-2008)はニースに生まれたフランスの女流ピアニスト。パリ音楽院でイヴ・ナット(1890-1956)に師事した。メジャー・レーベルの録音はフランク:ピアノ五重奏曲(レーヴェングート四重奏団と共演)がフランス・フィリップスにあった。この録音はフランスのシャン・デュ・モンドの10インチ盤に残されたもの。有名曲揃いで楽しめる。初期LP特有のノイズがある。

33CDR-3383
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタト短調
ジネット・ヌヴー(ヴァイオリン)
ジャン・ヌヴー(ピアノ)
英 HIS MASTER'S VOICE HLM 7178(Mono)
(1948年3月18日アビー・ロード、EMI 第3スタジオ録音)
ジネット・ヌヴー(1919-1949)はアメリカへの演奏旅行に向かう航空機の事故で1949年10月28日に30歳の生涯を終えた。彼女が残した最後のスタジオ録音である。ヌヴーはジョルジュ・エネスコ(1881-1955)に手ほどきを受けた後、11歳でパリ音楽院でジュール・ブーシュリ(1878-1962)のクラスに入り8カ月後に一等賞を得た。その後ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1944)のもとで研鑽を積んだ。1935年にワルシャワで開催されたヴィエニアフスキ・ヴァイオリン・コンクールに16歳で参加し180人の競争者に勝ち優勝した。第2位はソ連から参加したダヴィド・オイストラフ(1908-74)、第3位はスコットランド出身でパリ音楽院でブーシュリに師事したアンリ・テミアンカ(1906-92)だった。この録音は1948年に78回転SPレコード3面に収録されたが、SP時代には発売されなかった。1957年にLPで初めて発売された(英HIS MASTER'S VOICE ALP 1520)。ダイレクト・トランスファーでは2012年のドビュッシー生誕150年を記念してドビュッシーだけを収録した。ドビュッシーのヴァイオリン・ソナタはジャック・ティボーのヴァイオリンとアルフレッド・コルトーのピアノによる1929年の録音がこのシリーズで出ている(78CDR-3044)。