★★★グッディーズ・オリジナル企画★★★

新 忠篤 氏協力
ダイレクト・トランスファー CD-R

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第11回以降発売分 78CDR-3679〜3688

2017年7月新譜 5点 発売中★DSD録音

33CDR-3684
モーツァルト:
ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調 K.219
シャルル・シルルニク(ヴァイオリン)
ダニエル・シャブリュン指揮
パリ・チェント・ソリ管弦楽団
交響曲第10番ト長調 K.74
交響曲ハ長調 K.96(111b)
ベルンハルト・パウムガルトナー指揮
ザルツブルク・モーツァルテウム室内管弦楽団
英 THE RECORD SOCEIETY RS 35(モノ)
録音: 1958年3月19日(協奏曲)、1956年10月15日(交響曲)
シャルル・シルルニク(1923-2003)はパリ生まれのフランスのヴァイオリニスト。パリ音楽院でジュール・ブーシュリ(1877-1962)とマルセル・シャイエ(1881-1936)のクラスで学び1939年に一等賞を得た。このシリーズでベートーヴェンの協奏曲(33CDR-3615)が出ている。このモーツァルトは師ブーシュリが弾いた1906年機械式録音の第3楽章がこのシリーズ(78CDR-3065)で出ているが、シルルニクは師譲りの清楚な演奏を繰り広げていて素晴らしい。指揮者のダニエル・シャブリュン(1925-2006)はパリ音楽院で指揮法をルイ・フレスティエール(1892-1976)に学び1954年に一等賞を得た。交響曲を指揮するベルンハルト・パウムガルトナー(1887-1971)はウィーン生まれ。1917年から1959年までモーツァルテウム音楽院の学院長を、1959年から1971年までザルツブルグ音楽祭の総裁をつとめた。

33CDR-3685
ショーソン(モーリス・ブショール詞):
愛と海の詩 作品19
イルマ・コラッシ(メゾ・ソプラノ)
ルイ・ド・フローマン指揮
ロンドン交響楽団
米 LONDON LL 1386(モノ)
録音: 1955年5月9-10日ロンドン、キングズウェイ・ホール
イルマ・コラッシ(1918-2012)はギリシャのアテネ生まれ。14歳でアテネ音楽院の声楽科とピアノ科で一等賞を得たのち、ローマのサンタ・チーリア音楽院でさらに研鑽を積んだ。声楽とピアノの両方で優秀な成績をおさめたが、最終的に声楽を選んだ。第2次大戦中にアテネに戻りアテネ音楽院で教えた。そこ
でマリア・カラス(本名マリア・カロゲロプーロス)(1923-1977)を指導したことがある。1949年パリに行き、ラヴェルやフランス六人組作曲家の作品を歌い有名になった。1970年に現役を退き、パリのスコラ・カントルム音楽院で後進の指導にあたった。ルイ・ド・フローマン(1921-1994)はパリ音楽院でウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)やアンドレ・クリュイタンス(1905-1967)に師事した。ニース放送局管弦楽団やルクセンブルク放送交響楽団の指揮者をつとめた。

78CDR-3686
ベートーヴェン:
交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
エーリヒ・クライバー指揮
ロンドン交響楽団
英 DECCA AK1824/8(ffrr 録音)
録音:1948年2月24-25日&5月17日(AR 12039)ロンドン、キングズウェイ・ホール
エーリヒ・クライバー(1890-1956)はウィーン出身の20世紀前半を代表する指
者のひとり。指揮者のカルロス・クライバー(1930-2004)の父親。プラハ大学で歴史と哲学を学んだが、一方で指揮者への道を目指すようになった。プラハ音楽院で指揮法を学び、1911年に指揮者デビュー。1923年にベルリン国立歌劇場の音楽監督に就任した。ナチスの台頭でベルリンの職を辞し、1935年に妻と当時5歳のカルロスとアルゼンチンに移住した。1939年に市民権を取得し、ブエノスアイレスのテアトロ・コロンの首席指揮者に就任した。大戦後はヨーロッパに戻り、英国デッカの専属となり各地に客演指揮者として活躍した。このシリーズでパリ音楽院管弦楽団を1949年に指揮したチャイコフスキー:交響
曲第4番(78CDR-3518)が出ている。

78CDR-3687
パガニーニ:
ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調作品6
魔女たちの踊り
クライスラー:
レシタティーヴォとスケルツォ・カプリス
ルッジェーロ・リッチ(ヴァイオリン)
ウジェーヌ・ビゴー指揮ラムルー管弦楽団
ルイ・パーシンガー(ピアノ)
録音:1947年12月16日(協奏曲)、12月18日(クライスラー)、1948年(魔女たちの踊り)
仏ポリドール 566.242/4
仏ポリドール 566.307
ルッジェーロ・リッチ(1918-2012)はアメリカのヴァイオリニスト。メニューインの師でもあったルイ・パーシンガー(1887-1966)に師事し、16歳のときサンフランシスコでデビューした。1930年代にベルリンでゲオルク・クーレンカンプ(1898-1949)の門下に入った。1942年から1945年まで米軍籍で慰問演奏に携わった。この録音は大戦後間もなくの1947年にパリで行われた。同じ時に録音されたサン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番(33CDR-4330)も出ている。ウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)はフランスの指揮者。1935年から1950年まで名門ラムルー管弦楽団の首席をつとめた。録音当時29歳だったリッチをフルサポートしてこの名演奏を実現したのはビゴーの力によるものと思う。

78CDR-3688
エマ・ボワネ/フランス・ピアノ曲集
フォーレ:舟歌第5番嬰ヘ短調作品66
ピエルネ:ワルツ形式のノクターン作品40-2
セヴェラック:日光浴
シャブリエ:ブーレ・ファンタスク、牧歌
ドビュッシー:
音と香りは夕べの大気のなかに漂う(前奏曲集第1集第4曲)
エマ・ボワネ(ピアノ)
EMMA BOYNET, piano
米 RCA VICTOR AM 549-1/10(Set)
録音:1938年1月19&31日
エマ・ボワネ(1891-1971)はパリ音楽院のピアノ科の名教授イジドール・フィリップ(1863-1958)のクラスで一等賞を得た。ボワネはアメリカに移住し、演奏活動の傍らニューヨークのアメリカン・カレッジ・オブ・ミュージックで教鞭を取った。ボストン交響楽団の指揮者だったセルゲイ・クーセヴィツキー(1874-1951)はボワネのモーツァルトを聴いて "まるで天使が弾いているようだ" と絶賛し、ボストン交響楽団の演奏会にソリストとして何度も招いて共演した。
2017年6月新譜 5点 発売中★DSD録音

33CDR-3679
ジャン・マリー・ルクレール:フルート協奏曲ハ長調
ミシェル・コレット:弦楽合奏のための協奏曲変ロ長調
ジャック・オーベール:ヴァイオリン協奏曲ニ長調
ジャック・オーベール:ヴァイオリン協奏曲変ロ長調
ロジェ・ブールダン(フルート)
ミシェル・ブーシノー(ヴァイオリン)
ローランス・ブーレ(クラヴサン)
ベルナール・ヴァル指揮
ヴェルサイユ室内オーケストラ
仏 CONTREPOINT MC 20.135(ステレオ)
録音:1956年パリ
フランスの女流ヴァイオリン奏者ミシェル・ブーシノー(1929-)が聴ける希少LPの復刻。ブーシノーはパリ音楽院で名教授ジュール・ブーシュリ(1878-1962)に師事し、1953年のロン=ティボー国際コンクールのヴァイオリン部門で入賞した。この年はコンクールの創設者のジャック・ティボー(1880-1953)が審査員をつとめた最後の年だった。ティボーは同年の9月に日本公演に向かう途中の航空機事故で73歳の命を落としたからだ。このコンクールの審査員のひとりだったダイヴィド・オイストラフ(1908-1974)はソ連政府を説得してブーシノーを助手にした。フルートのロジェ・ブールダン(1923-1976)はパリ音楽院のマルセル・モイーズ(1889-1984)のクラスで薫陶を得た名手。1943年からヴェルサイユ音楽院の教授に任命され生涯その地位にあった。クラヴサンのローランス・ブーレ(1925-2007)は女流奏者。ブーシノーはこのシリーズでヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番(78CDR-3029)が出ている。

33CDR-3680
J.S.バッハ:
ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 BWV1041
ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調 BWV1042
2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調 BWV1043
2つのヴァイオリンのための協奏曲ハ短調 BWV1060
モニク・フラスカ=コロンビエール(ヴァイオリン)
(BWV1041, BWV1043, BWV1060)
リリアン・ガルニエール(ヴァイオリン)
(BWV1042, BWV1043, BWV1060)
ポール・キュンツ室内管弦楽団
仏 CLUB INTENATIONAL DU DISQUE 51/2(Mono)
録音:1960年パリ
通常演奏されるヴァイオリン協奏曲3曲に、原曲はオーボエとヴァイオリンのための協奏曲の2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV1060(2台のハープシコードのための協奏曲 BWV1060の編曲もある)を加えたJ.S.バッハのヴァイオリン協奏曲全集。指揮者のポール・キュンツ(1930-)はフランスのミュルーズ生まれ。1947年から1950年までパリ音楽院で指揮法をウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)に学んだ。1951年に若い音楽家を集めて、自分の名前を冠した室内管弦楽団を組織し指揮者としての活動を始めた。1956年にヴァイオリニストのモニク・フラスカ・コロンビエールと結婚した。もうひとりのヴァイオリン奏者リリアン・ガルニエールはRCAに小品集(LSC2646)などを録音している。

78CDR-3681
「不世出の名ソプラノ、マギー・テイト」
アーン:私の詩に翼があったなら
アーン:いみじき時
デュパルク:旅への誘い
ドビュッシー:手紙-歌劇「ペレアスとメリザンド」より
ドビュッシー:君は知らない, なぜ僕が遠くへ行かなければならないのか
-歌劇「ペレアスとメリザンド」より
ドビュッシー:私の長い髪-歌劇「ペレアスとメリザンド」より
ショーソン:終わりなき歌
メサジェ:軽やかに、軽やかに-オペレッタ「ムッシュ・ボーケール」より
アーン:さようなら-音楽喜劇「モーツァルト」より
ドビュッシー:パンの笛-「ビリティスの3つの歌」より
ラヴェル:シェエラザード
ベルリオーズ:君なくて-夏の夜より
フォーレ:夢の後に
マギー・テイト(1888-1976)はイングランド中部のウルバーハンプトン生まれ。パリでジャン・ド・レスケ(1850-1925)が創立した歌劇学校に入学した。教師の一人にレナルド・アーン(1874-1947)が居た。1908年にクロード・ドビュッシー(1862-1918)に認められ「ペレアスとメリザンド」のヒロイン役を歌い、初演歌手のメアリー・ガーデン(1874-1967)の後を継いだ。ここにはテイトの数々の名唱に加えてメアリー・ガーデンの歴史的演奏(ドビュッシーのピアノ伴奏による1904年録音)を加えた。

78CDR-3682
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40番変ロ長調 K.454
アンリ・メルケル(ヴァイオリン)
ジャン・ユボー(ピアノ)
仏アンソロジー・ソノール 111/3
録音:1942年2月23日パリ
ヴァイオリンのアンリ・メルケル(1897-1969)はパリ生まれ。パリ音楽院のギヨーム・レミー教授のクラスで1912年に一等賞を得た。パリ・オペラ座管弦楽団、コンセール・ラムルー管弦楽団のヴァイオリン奏者をつとめた後、1929年からパリ音楽院管弦楽団のコンサートマスターになり、その後ソリスト、室内楽奏者として活躍した。メルケルはこのシリーズで多数出ている。ピアノのジャン・ユボー(1917-1992)はパリ音楽院でラザール・レヴィ(1882-1964)に師事し、1930年13歳で一等賞を得た。このメルケルとのモーツァルト:ヴァイリン・ソナタ K.454の録音は発売当時非常に高く評価された。

78CDR-3683
ラザール・レヴィ日本録音集
クープラン:
ゆりの花ひらく

シューベルト:
即興曲変イ長調作品142-2
ラザール・レヴィ:
ワルツ集(1)
ワルツ集(2)
ショパン:
マズルカ第2番嬰ハ短調作品6-2
マズルカ第31番変イ長調作品50-2
シューマン:
夕べに
夢のもつれ "幻想小曲集" Fantasiestucke, Op.12 より
ラザール・レヴィ(ピアノ)
日本ビクター SD53/5 VICTOR SD-53/5(Japan)
録音:1950年10月東京・築地ビクタースタジオ
この録音は第2次世界大戦後、初めて来日した外国人アーティスト、ラザール・レヴィ(1882-1964)が日本ビクターに録音した1950年録音のSP盤復刻。レヴィはパリ音楽院でルイ・ディエメール(1843-1919)に師事し、1898年に一等賞を得た。1914年からパリ音楽院教授をつとめ、1953年に退任したが、その間1916年から21年と1941年から44年に、ドイツ軍のパリ占領のため地下に潜伏した。レヴィの弟子には、クララ・ハスキル、 モニク・アース、イヴォンヌ・ロリオ他、日本人ピアニストの安川加壽子、原智恵子、井上二葉、田中希代子、遠藤郁子、他が居る。レヴィのレコード録音はたいへん少なく、この復刻の他にモーツァルト:幻想曲ハ短調K.475(1931年録音)はモーツァルト「伝説の録音」第2巻のCD23(飛鳥新社)に収録されている。