ネットショッピングに便利!イーバンク銀行
当店のお支払いにも便利です


★★★グッディーズ・オリジナル企画★★★

新 忠篤 氏協力
ダイレクト・トランスファー CD-R

ご注文は当店HPよりどうぞ

第6回発売 10タイトル

今回は要望の多かった機械式録音(1925年頃に始まる電気録音より以前の録音方式)による盤からの復刻が2点含まれます。この2点はこれまでに以上にノイズがあり、また収録時間も非常に短いものですが、よろしくご理解下さい。

78CDR-1050 試聴はありません
モーツァルト=クライスラー:
ロンド-「ハフナー・セレナード」ニ長調 K.250より
パガニーニ=クライスラー:
ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調(第1楽章より)
フリッツ・クライスラー(ヴァイオリン)
フランツ・ルップ(ピアノ)(モーツァルト)
ユージン・オーマンディ指揮
フィラデルフィア管弦楽団(パガニーニ)
英 HIS MASTER'S VOICE DB3731(モーツァルト),
DB3234/5(原録音=米 VICTOR 14420/1 (パガニーニ)
(1938年2月14日ロンドン, アビー・ロード第3スタジオ録音=モーツァルト,1936年12月13日&1937年1月9日フィラデルフィア、アカデミー・オブ・ミュージック録音=パガニーニ)
20世紀最高のヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラー(1875-1962)は作曲家としても編曲者としても才能を発揮した。昔の作曲家の名前を冠した多くの作品を弾いて名声を上げたが、後にそれらは編曲ではなく、作曲家の名前を借りたクライスラー自身の作品であることを公表した。この2曲は実在する作品をクライスラーが編曲したもの。モーツァルトの「ロンド」はクライスラー以前にティボー(1880-1953)の録音もあった。パガニーニはクライスラーの手になる絢爛豪華なオーケストレーション。ソロ・パートは原曲を尊重しているがカデンツァはこの演奏は最大の聞きどころである。

78CDR-1051
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番ロ短調作品58
アルフレッド・コルトー(ピアノ)
英 HIS MASTER'S VOICE DA1333/6
(1933年7 6日ロンドン、アビー・ロード第3スタジオ録音)
20世紀最高のフランスのピアニスト、アルフレッド・コルトー(1877-1962)は1892年パリ音楽院のルイ・ディエメ(1843-1919)のクラスに入り研鑽を積む。1896年一等賞を得て卒業。ワーグナーに心酔し1897年バイロイトに赴き合唱指揮者となった。1902年には「神々の黄昏」と「トリスタンとイゾルデ」のパリ初演をし、またソプラノのフェリア・リトヴァンヌ(1863-1936)のピアノ伴奏者として初レコード録音を行った。このショパンのピアノ・ソナタ第3番はコルトーの2回目の録音。録音時コルトーは56歳だった。1933年7月4日から8日の5日間でコルトーはショパンばかり49面の録音を行った。

78CDR-1052
J.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調 BWV1042
ジョコンダ・デ・ヴィトー(ヴァイオリン)
アンソニー・バーナード指揮ロンドン室内管弦楽団
ジェレイント・ジョーンズ(ハープシコード)
英 HIS MASTER'S VOICE DB6884/6
(1949年2月17日録音)
ジョコンダ・デ・ヴィトー(1907-1994)は20世紀イタリア最高の女流ヴァイオリニスト。1944年ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の終身教授に任命された。1947年エディンバラ音楽祭に出演を機にEMI のアーティストとなった。このバッハの協奏曲は彼女の初期の録音にあたる。SPレコード末期の優秀録音で溢れるように豊麗なヴァイオリンが聞く人を魅了する。ダイレクト・トランスファー・シリーズにはデ・ヴィトーのバッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番(78CDR-1019)が出ている。

78CDR-1053
ハイドン:
ハープシコード協奏曲ニ長調作品21 Hob. XVIII-11
ピアノ・ソナタ第36番嬰ハ短調からメヌエット&ドイツ舞曲から5曲
ワンダ・ランドフスカ(ハープシコード)
ウジェーヌ・ビゴー指揮管弦楽団
英 HIS MASTER'S VOICE DB8782/4
(1937年4月19日パリ録音)
ワンダ・ランドフスカ(1879-1959)はポーランドのワルソー生まれ。20世紀最高のハープシコード奏者。彼女はピアニスト、音楽学者、教授で1900年から13年間パリのスコラ・カントルムで教鞭をとった。二列の鍵盤と七個のペダルを有する自分のハープシコードをパリのプレイエル社に作らせ、生涯この楽器を使用した。1940年フランス国籍を得たが、1941年ドイツ軍侵攻によりアメリカにのがれた。後にハープシコードはアメリカ軍によって彼女の手元に送られた。このハイドンはランドフスカが58歳の録音。指揮者のウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)はパリ音楽院出身。シャンゼリゼ劇場の指揮者を経て1923年パリ音楽院管弦楽団、1928年フランス放送管弦楽団、1935年ラムルー管弦楽団、オペラ・コミックの指揮者を歴任。パリ音楽院の指揮科の教授も務めた。SPレコードの録音も多い。

78CDR-1054
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第6番変ホ長調 K.268
モーツァルト=ブルメスタ−編:
メヌエット−ディヴェルティメント第17番 K.334より
アルフレッド・デュボワ(ヴァイオリン)
デジレ・ドゥフォー指揮ブリュッセル王立音楽院管弦楽団(協奏曲)
フェルナン・ゴーヤン(ピアノ)(メヌエット)
仏 COLUMBIA LFX201/3
(1931年6月12日録音)
アルフレッド・デュボワ(1898-1948)はアルトゥール・グリュミオー(1921-1975)の師として知られているが、その演奏を聞く機会はめったにない。本シンリーズのヴュータン: ヴァイオリン協奏曲第5番作品37(78CDR-1013)に続くデュボワの第2弾である。このヴァイオリン協奏曲第6番はモーツァルト
の死後8年目の1799年にヨハン・アントン・アンドレによって楽譜が出版された。モーツァルト時代にミュンヘンで活躍したヴァイオリニスト、ヨハン・フリートリヒ・エックがモーツァルトから手渡された楽譜にもとづいて自分で加筆し、さらにモーツァルトの弟子のフランツ・ジュスマイアー(1766-
1803)が筆を加えたという。ジュスマイアーはモーツァルトの最後の作品「レクイエム」を補筆完成させた人物。学者間では第2楽章は疑わしいが、他の楽章はモーツァルトの作品であるという説だったが、現在では疑わしい作品としてモーツァルトの作品表から除外されている。デジレ・ドゥフォー(1885-1960)はベルギーのガンに生まれた指揮者。1943年から1947年シカゴ交響楽団の指揮者を務めたこともある。

78CDR-1055
モーツァルト: 弦楽四重奏曲第14番ト長調 K.387
レナー弦楽四重奏団
イェノ・レナー(第 1ヴァイオリン)
ヨーゼフ・スミロヴィッツ(第 2ヴァイオリン)
シャーンドル・ロート(ヴィオラ)
イムレ・ハルトマン(チェロ)
米 COLUMBIA 67806/9D(原録音: 英 COLUMBIA LX-24/27)
(1930年1月20-21日録音)
レナー弦楽四重奏団は1918年ハンガリーのブダペストで結成された。メンバー全員がブダペスト音楽院出身で、レナー(1894-1948)、スミロヴィッツ、ロートがイェノ・フバイ(1858-1937)の弟子。チェロのハルトマンがダヴィド・ポッパー(1843-1913)に師事した。4人はブダペスト・オペラの楽員だったが、1918年に起こったハンガリー革命を機に弦楽四重奏団を結成した。2年に渡って田舎の村に籠もって練習を積んだ後、1920年にウィーンでデビューした。そこに居合わせた作曲家のラヴェル(1875-1937)が演奏に感動し、彼らをパリに招いた。公演はセンセーショナルな成功を収めた。その後1922年にロンドン、1929年にはアメリカ・デビューした。レコードは機械式録音時代の1922年にイギリス・コロンビアに録音したのが最初。1927年のベートーヴェン没後100年では、16曲の弦楽四重奏曲中11曲(SPレコード40枚)を録音した。このシリーズではモーツァルト: クラリネット五重奏曲K.581(78CDR-1045)が出ている。

78CDR-1056
シューマン:弦楽四重奏曲第1番イ短調作品41-1
カペー弦楽四重奏団
リュシアン・カペー(第1ヴァイオリン)
モーリス・エウィット(第2ヴァイオリン)
アンリ・ブノワ(ヴィオラ)
カミユ・ドゥロベール(チェロ)
日本コロムビアJ7629/31(原録音:仏 COLUMBIA D15107/9)
(1928年10月3日録音)
フランスのカペー弦楽四重奏団は史上最高の弦楽四重奏団。1928年12月18日にリーダーのリュシアン・カペー(1876-1928)の死でその活動は終止符を打った。カペーはパリ音楽院でJ.-P.モーランに師事し1893年に一等賞を得た。その年に弦楽四重奏団を組織した。第1ヴァイオリンのカペー以外は何回か交代したが、1918年からは不動のメンバーであった。1920年頃から毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の連続演奏会をパリで開いていた。カペー弦楽四重奏団は1928年4月にフランス・コロンビアに録音を始めた。その年の10月迄の6カ月に弦楽四重奏曲11曲とピアノ五重奏曲1曲を録音した。10インチSP盤が7枚、12インチSP盤が44枚である。このシリーズでは、フランク: ピアノ五重奏曲(78CDR-1034)とベートーヴェン: 弦楽四重奏曲第5番作品18-5(78CDR-1042)が出ている。

78CDR-1057
ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調作品57「熱情」
エトヴィン・フィッシャー(ピアノ)
英 HIS MASTER'S VOICE DB7899/7901
(1935年2月12日ロンドン,アビー・ロード第3スタジオ録音)
エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイスのピアニスト。バーゼル音楽院で学んだ後、ベルリンに出てリスト(1811-1886)の高弟マルティン・クラウゼ(1853-1918)についた。1930年ベルリン高等音楽院の教授に就任、また演奏家としても活躍した。1942年スイスに戻り、ソロ活動に加え、ヴァイオリン
のクーレンカンプ(1898-1948)、後にヴォルフガング・シュナイダーハン(1915-1990)、チェロのマイナルディ(1897-1976)とフィッシャー・トリオを結成した。弟子にレーヌ・ジアノーリ(1915-1979)、パウル・バドゥーラ=スコダ(1927-)、アルフレッド・ブレンデル(1931-)らがいる。この「熱情」はフィッシャーが49歳の時の録音。このシリーズにはモーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番 K.330(78-1036)が出ている。

78CDR-1058
ヘンデル=ブルメスタ−編:
(1) アリオーソ (2:29) 47984 (1734ab)
(2) メヌエット (2:09) 47985 (1735ab)
ヴィリー・ブルメスター(ヴァイオリン)
ピアノ伴奏
独 GRAMMOPHON 47974/5
(1909年9月27日ベルリン録音) (注:古いレコードのため雑音大)
電気録音以前の機械式録音。ヴィリー・ブルメスター(1869-1933)はハンブルグ生まれのドイツのヴァイオリニスト。ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)に師事し、1894年ベルリンでセンセーショナルにデビューした。1909年に録音した4枚8面のレコードだけで約100年後の今日に語り継がれている。ヴァイオリン教師として有名なカール・フレッシュ(1873-1944)はブルメスターのレコードを、メジャー演奏家の残した録音で、最もリズム感に欠けた生気のない非音楽的なものと酷評した。だがこの言葉は正しいだろうか疑問を感じる。盛大な雑音の中に潜んでいる澄みきった湖の底を覗くような透明なヴァイオリンの音色は、日本古来のワビサビの世界に通じるものがあるように思う。それは電気録音ではとても不可能と思わせる。ラッパ吹き込み (機械式録音の俗称) ならではの世界がここにある。ブルメスター1923年来日し公演のあいまに大阪のニットーに録音を残した。

78CDR-1059
ベートーヴェン:
ロマンスヘ長調作品50 (2:50) 47975 (14682u)
アルノルト・ロゼー (ヴァイオリン)
ピアノ伴奏
英 GRAMOPHONE 47975
(1909年ウィーン録音) (注:古いレコードのため雑音大)
電気録音以前の機械式録音。アルノルト・ロゼー(1863-1946)はルーマニア生まれ。1874-7年にウィーン音楽院で学び、1881年ウィーン宮廷歌劇場オーケストランのコンサートマスターになり1938年までその地位にあった。また弦楽四重奏団も組織した。ロゼーはグスタフ・マーラー (1860-1911)の妹のユスティーヌと結婚した。1888年バイロイト・フェスティヴァル・オーケストラのコンサート・マスターになり、また宮廷歌劇場オーケストラはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団として演奏会を開くようになった。コンサート・マスターの傍ら1893年から1924年までウィーン音楽院で教鞭をとった。1938年にナチの迫害でロンドンに移住した。ロゼーはソリストとしてラッパ吹き込み時代にかなりのレコード録音をした。この録音はロゼーが45歳の時のもの。ここにもラッパ吹き込みならではの独特の弦の音が聴き取れる。